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時間のA面で繰り返される、不思議なB面について

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ゴールドはどこにあるのか

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フォート・ノックスの金塊

第二次世界大戦が終了した時に世界中の金塊の65パーセントがアメリカに集められていた。ヨーロッパ、ロシア、アジアが戦場になったために安全なアメリカに各国の金(ゴールド)が集められ固定為替・金本位制度が作られた。

1ドル360円、1ドルで1グラムの金と交換することができた。交換できると言っても金庫の中でアメリカの倉庫から日本の倉庫に移動するだけだ。

世界中の金塊はオリンピックプール一杯分だと言われている。65パーセントの金塊がアメリカ連邦制度準備理事会(米連金)に集められてフォート・ノックス基地の金庫に納められた。

ドル本位制は1971年まで続き現在はアメリカの軍事・経済覇権力を裏付けとするドルの基軸通貨体制(石油を奪ってくる力)が維持されている。

アメリカの軍事力と言ってもベトナム戦争で負け、イラク・アフガン戦争でも勝てない状況が続いている。経済力はお家芸の自動車産業が崩壊し失業率が20パーセントを越えている。おまけに石油の取引はドルからユーロ、円、ルーブルに変更する国が増えてきている。基軸通貨としてのドルの支配は終焉に近づいてきている。

ドイツや中近東の国々はアメリカ(フォート・ノックス基地)に預けている自国の金(ゴールド)の返還をアメリカ連邦制度準備理事会に迫っている。新たなフォート・ノックス襲撃事件が起こっているのが現状だ。

ある情報によるとフォート・ノックスの金庫にあるゴールドは偽物と交換されており本物は南米へ運ばれているといわれている。

 ドル本位制の崩壊(1971年8月15日) ニクソンショック

戦争直後から1971年まで、世界主要国の通貨価格はアメリカのドルと結びついていた。日本の円のレートは固定相場で1ドル360円だった。(この数字はマッカーサー将軍が日本の通貨単位は「円形」「丸」という意味であることを知って選んだものだ、と言われる)。アメリカドルは金価格と結びつき、アメリカの連邦準備制度理事会は、要求があればドルを金(きん)に交換する義務を公式に負っていた。

 第三章で見たように、ドル本位制はアメリカにとって都合がよかった。どんどんドルを印刷しても、世界はそれを受け取るしかなかったからだ。1960年代、連邦制度理事会はアメリカの銀行が信用創造を増やすようにしむけた。さらに多くのドルが創造され、対外投資としてあふれ出ていった。このドルで、アメリカ企業は大々的にヨーロッパ企業を買収した。「アメリカの挑戦」だといわれた。

 1971年、フランスは、アメリカがドルを印刷してヨーロッパを買い占めようとしていることに気づき、アメリカの化けの皮をはいだ。フランスに流れ込んだドルを集めてアメリカに持ち込み、金と替えてもらいたいと要求したのだ。これが有名なフランスのフォート・ノックス襲撃である。もちろん、充分な金準備はなかった。その結果、1971年、いわゆる「ニクソン・ショック」で、アメリカは金とドルとの交換を停止した。固定為替レート・システムは崩壊し、アメリカのドルは世界各地で急落した。

                 円の支配者 リチャード・A・ヴェルナー著 より引用

 

 


 

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